スイッチバックは先人が考え出した山越
えの妙。遺構は随所に残ってはいます
が、記憶もどうしても風化してしまうも
の。新幹線もいいけれど、各駅停車に
乗ってみるといつもとは違うものが見え
てくるかもしれません。
展示室
私、峠の茶屋の5代目であります。平成2年当時は中学生
でしたので、ただ漠然と忙しかったという記憶が残っている
程度。個人商店ですので、休日は、家族総出で餅をつくり
まくっていました。
スイッチバック廃止前は、いろ
いろ走っていましたね〜。『つば
さ』『やまばと』『あけぼの』、急
行や貨物も走ってましたし、ミス
テリートレインが突然進入してき
て、「とりあえず駅に売りに行こ
う」なんてこともしばし。今は線
路の幅が標準軌となったため、
ミステリートレインが進入! な
どということは皆無。あのころが
ちょっと懐かしい気もします。
峠駅に駅員がいたのは20年ほど前
まで。左の写真は雪かきの一場面。
春は、ホームに花壇をつくり、夏は、
登山客にアドバイス。ほのぼのとした
ものでした。
幼稚園から高校卒業まで、ずっと汽車通
学でしたので車掌さんも顔なじみ。うっか
り車内でウトウトやっても起こしていただ
いたりしてました。今でも、力餅販売の車
内アナウンスをしていただいたり、停車
時間の調節をしていただいたり、本当に
お世話になっています。
右の写真が4代目。力餅をうず高く積ん
でいるのがおわかりでしょうか。今はこ
んなことはありませんが。停車時間が2
0〜30秒の短期決戦ですから、よくて
5・6箱。ホーム上を走るような感じで売
っています。ちなみに、今では私5代目
がおもに、駅に立っています。なにぶん
こちらも商売ですので、電車の中でウト
ウトしている方が思わず起きてしまうよ
うな声をだしています。悪しからず。
平成2年8月31日 奥羽本線名物 大沢、峠、板谷、赤岩4駅連続スイッチバック最終日
ひとつの歴史が幕を下ろし、新たに山形新幹線が登場しました。
このページは、当店秘蔵のアルバムから。当時、全国からお越しの鉄道ファン、カメラマン
よりいただいた思い出の作品集です。写真を寄贈してくださった方々にはあらためて、心よ
り御礼申し上げます。